
01 / 12ミナは、町の仕立て屋です。
服を縫ったり、破れたところを直したりしています。
ある秋の夜、お客さんの服に最後のボタンをつけると、今日の仕事が終わりました。
窓の外では、ほかのお店はもう閉まっています。
仕事机には、友だちのハルに出そうと思っている封筒がありました。
ハルは春に、遠くの町へ引っ越しました。
ミナは封筒に宛名を書いたきり、手紙を書けずにいました。

02 / 12ハルが引っ越す前の日のことです。
ミナは、離れて暮らすのがさびしくて、つい言ってしまいました。
「もう、遊びにこなくていい」
ハルは黙って、預かっていたミナの家の合鍵を机に置きました。
いつもなら「またね」と帰るのに、その日は何も言わず、扉を閉めました。
ミナは謝れないまま、ハルと別れてしまったのです。
謝りたい。でも、もう話したくないと思われていたら。
そう考えると、手紙も書けませんでした。

03 / 12今夜も、その日のことを思い出すと眠れません。
「今夜こそ、手紙を書こう」
ミナは青いマフラーを巻き、ハルの宛名を書いた封筒をポケットに入れました。
何と書くか考えながら、少し歩いてみることにしたのです。
少し歩くと、路地の奥に明かりが見えました。
小さな郵便局の看板に、こう書いてあります。
「夜の郵便局。夕方から、朝まで開いています」
窓からは、机で手紙を書いている人が見えます。
ここでなら、自分も書き始められるかもしれません。
ミナは扉を開けました。

04 / 12中では、仕事帰りの車掌さんが手紙を書いていました。
窓際の机には、もう一つ空いている席があります。
ミナは窓口で、丸眼鏡の郵便屋さんに言いました。
「友だちに手紙を出したいんです。でも、何から書けばいいのか……」
郵便屋さんは、手紙を書く紙と鉛筆を渡してくれました。
「あちらのお席をどうぞ。ゆっくり書いてくださいね」

05 / 12ミナは席に座り、「お元気ですか」と書きました。
けれど、そのあとの言葉が出てきません。
隣の車掌さんは手紙を書き終え、帰っていきました。
ミナの鉛筆は、止まったままです。
郵便屋さんが席のそばへ来て、紙がよく見えるようにランプを寄せてくれました。
何も聞かず、ミナが書くのを待ってくれました。

06 / 12ミナは、首に巻いたマフラーの端に触れました。
すると、ハルと過ごした去年の冬を思い出しました。
ミナは二人のために、おそろいの青いマフラーを編みました。
でも、ハルの分だけ、ずいぶん長くなってしまいました。
ある雪の日、ミナは自分のマフラーを忘れて出かけました。
ハルは「半分、貸してあげる」と、長いマフラーをミナの首にも巻いてくれました。
一本のマフラーを二人で巻いて歩くと、曲がり角で肩がぶつかりました。
二人とも、思わず笑いました。

07 / 12郵便局の席で、ミナの口元が少しゆるみました。
鉛筆を持ち直し、ハルに話しかけるつもりで書きました。
「そっちも寒くなったかな。
あの長いマフラー、まだ使ってる?
二人で巻いて歩いた日のことを思い出したよ」
ミナは、書いたり消したりしながら、少しずつ手紙を続けました。
いつの間にか、窓の外が明るくなり始めていました。

08 / 12最後に、ずっと言えなかったことを書きました。
「遊びにこなくていいなんて言って、ごめんね。
本当は、ハルが引っ越してしまうのがさびしかったんだ。
また会って、話がしたいな」
ミナは手紙を読み返し、鉛筆を置きました。

09 / 12郵便屋さんが、手紙を運ぶ鞄を窓口へ持ってきました。
「もうすぐ、ここに集まった手紙を運びに出ます。お手紙も、お預かりしましょうか」
ミナは書いた手紙を持って、窓口へ行きました。
封筒に入れかけて、手を止めます。
「ハルから、返事は来るでしょうか」
郵便屋さんは答えました。
「返事が来るかは、私にもわかりません。でも、この手紙はハルさんへお届けします」
ミナは少し迷ってから、うなずきました。
「謝りたいんです。だから、出します」

10 / 12ミナは、封筒に手紙を入れ、のりで口を閉じました。
切手を貼って、窓口にある手紙の受付箱へ入れます。
ことん、と手紙が箱の中に落ちました。
「お願いします」
ミナは郵便屋さんに頭を下げました。

11 / 12郵便局を出ると、もう朝でした。
通りのパン屋さんが、お店の扉を開けています。
「おはようございます」
ミナも「おはようございます」と返しました。
後ろでは、郵便屋さんが郵便局の明かりを消していました。
やがて、手紙の入った鞄を自転車に載せ、ミナを追い越していきました。

12 / 12ミナは家に帰り、仕事机の前に座りました。
ずっと置いてあった封筒は、もうありません。
ミナは窓を少し開けました。
朝の冷たい空気が入ってきます。
籠から編みかけの手袋を取り出し、封筒があった場所に置きました。
それから編み針を持って、続きを少しずつ編み始めました。